仕事辞めてニート。地域と面白おかしく生きてます。 twitter:@GoingHoasi
人生笑ったもん勝ち!コスプレ美魔女講演家キャサリン誕生までの道のり。
「宮崎の人」に会いに行く。
宮崎県都城市のみやこんじょ大使でお馴染み、相良照代(さがらてるよ)さん。彼女はある時から「コスプレ美魔女講演家キャサリン」を名乗り、ジョークを交えた講演で、多くの悩める女性たちを笑顔に変えてきました。
今回はそんな相良照代さんの半生を振り返りつつ、コスプレ美魔女講演家キャサリン誕生秘話に迫りました!
いじめられっ子からいじめっ子へ。
苦悩が続いた学生時代
ほ: 相良さんは子供時代、どんな子どもだったんですか?
相良さん: いじめられっ子。大人しかったよ。
ほ: ええっ!? けっこうおてんばなイメージだったんですが……。
相良さん: 小学校の頃、池に落とされたり、牛乳の瓶が入った箱を一人で持たされたり、筆箱に油性ペンで嫌われ者の男子の名前と相合傘書かれたり。遠足も一緒にお昼を食べてくれる人がいなかった。
一人で抱え込むタイプで、お母さんに悲しい想いをさせたくないから何も言わなかった。
ほ: かなりひどいいじめですね。
相良さん: でも、小学校高学年の頃からいじめられなくなった。それからは楽しかったね。
ただその時間は長く続かなくて、中学生になったら、「自分はダメだから小学校の頃いじめられていたんだ」と思って、人に攻撃するようになった。表立って悪いことをするわけじゃないけど、可愛い子とか頭が良い子とか自分よりも優れた子がいると、その子に対してもの凄くライバル心があって、その人を陰で無視したり。今考えたらほんと申し訳ないことをした。
つい最近まで、小学校時代のライバル、中学校時代のライバル、高校時代のライバル、いつもライバルとしてた人は心の中に住み着いてたね。エステの仕事をしていた時も、自分よりも売り上げの良い同僚には負けたくないと思った。講演家として活動を始めてからそういう気持ちはなくなったけど。
何となく始めたエステの仕事が人生の転機に
ほ: いつからエステのお仕事を始めたんですか?
相良さん: 短大在学中の就職説明会で、たまたま来ていた会社がエステの会社だった。それで「ここで決まればいいかな」と就職したの。美容に興味なかったんだけど、20年続いた。
ほ: 何となく始めた仕事が20年……凄いですね。
相良さん: ただ、最初の一年はお客さんからクレームが来るし、店長と喧嘩ばっかり。ブラック社員。「辞める辞める」って言って辞めない人いるでしょ?そんな感じ(笑)
そんな時、相良さんの気持ちを変える転機があった。
相良さん: 仕事中、エステの機械でお客さんのふくらはぎを火傷させたことがあったの。一生傷が残るような火傷だったんだけど、それをお客さんが許してくれた。その後、店長が「忙しいの無理させてごめん」と謝って来た。そんなことがあって、自分が仕事を真面目にすることでしかお詫びができないと思った。
それがきっかけで真面目に仕事をし始めたら、仕事が楽しくなってきた。それがきっかけでお客さんから褒められるようにもなった。嬉しくて、「エステを極めたい」と思うようになり、福岡の専門学校へ行った。貯金を学費に回してバイトしながら、一年勉強しました。
ほ: 入社当初と比べて、凄い向上心ですね
相良さん: ホント楽しかった。好きなエステを勉強し終わってエステサロンで5時間バイトして……凄い忙しかったけど、その頃が一番充実してた。それから29歳で結婚を機に福岡から宮崎へ戻って、鹿児島の産婦人科のエステで働き始めた。子供ができてから仕事を1年ストップ。それから自宅にエステができる部屋を作って、仕事を始めた。
ほ: 始めようと思ったきっかけは?
相良さん: 子供が緊急の時に動けないから、自分で仕事をしようと思ったの。でもそこで分かったのが、接客が苦手だということ。
ほ: へっ?
相良さん: 勤めていた時は他にもスタッフがいて楽しかったけど、一つの空間にお客さん一対一になるのが凄くきつくて。
ほ 気を遣っちゃって?
相良さん: 気を遣っちゃって。それが段々苦しくなってきて。お客さん来るのが嫌になっちゃって。来なくていいと思った(笑)
ほ: 矛盾してますね(笑)
相良さん: そういう時に、「職業訓練校のエステの講師に来ませんか?」という話が舞い込んで来たの。「やるやる!」と二つ返事で、講師をして、そこで今の講師人生の元ができたと思う。
コスプレ美魔女キャサリンの誕生
ほ: 講師として話していく中で、話すのって面白いなと思ったんですか?
相良さん: そうなの!自分が教えたことが伝わった時の感動が凄かった。その時はエステの話で依頼が来てたから、「エステってこんなに素晴らしいものだ」ということを好きなように教えられたのもあったね。そこから、分かりやすいように教えるにはどうしたらいいかというのをもの凄く考えて、小道具を作ったりとか、お菓子で模型作ったりしてたね。
ほ: お菓子?
相良さん: 皮膚の構造を教える時に「筋肉はカステラ」とか。
ほ: 筋肉はカステラ???
相良さん: 体の皮膚の代わりに四角い透明の入れ物で模型を作って、それに様々なお菓子を張り付けたり置いたりして遊ぶように説明した。お昼休みにその柿の種を食べながら、「これどこの部分だったっけ?」とか話してたね。
訓練校での講師の仕事が、相良さんの気持ちを大きく動かした。
相良さん: 訓練校のお仕事は2年で終わって、お店もとりあえず閉めたの。人前で話す楽しさが忘れられなくて、講師の仕事へ進んでいこうと思ったから。「笑って楽しく生きていこう」ということを、女の人たちに伝えようと思った。
それから自分で会場を借りて講演を始めると同時に、笑いを伝えるために様々な仮装を始めた。だけど、様々な仮装を続けることが大変になってきて、ある日、仮装を失敗し、講演の予定時間もオーバーした日があった。その時に友達から「何してんの?仮装をするのもいいけど、そこを頑張るんじゃなくて、話の内容を磨きなさいよ」と怒られて、帰り道車の中で泣いた。そこで講演をする時、仮装するキャラクターを一つだけ残そうと思い、残ったのが「シヅエ」というキャラクターだった。
写真:講演を行うコスプレ美魔女キャサリン「シヅエ」
ほ: シヅエというキャラクターは相良さんがこうあありたいと思う姿なんですか?
相良さん: そうじゃなくて、「お客さんに楽しんでもらえたら」と思ってやってますね。
ちなみにシヅエのキャラクター設定はしっかりしていて、本名は茶園シヅエ79歳。年金暮らしで、旦那さんはマグロ漁に行ってる。毎日朝ドラを見て、自転車に乗って病院と買い物へ行ってる。息子は2人いて、滋賀県と大阪に行ってる。とかね。
ほ: 綿密すぎるキャラ設定……!シヅエさんが本格的に動いたのは?
相良さん: 3~4年前くらいですね。
ほ: 講演を始めてどうでしたか?
相良さん: 初めて自主開催した講演は最初10人来てたの。だから、「講演の集客ってこんなに簡単なんだ」って思ったの。でも、2回目がゼロ人だった。その時けっこう凹んだね。そんな時期がしばらく続いた。場所代、小道具代がかかって、儲けはほとんどなかった。自分のやってることって間違ってるのかなと思った時もあった。だけど、仮装だったら自分が楽しくなるという気持ちがあった。隠れてた気持ちが出せる。それがあったから多分間違ってないはずと思って続けたの。
そんな時、仕事も依頼もなかったので、講演会のコンテストに「暇だから出てみるか」と思って、シヅエの格好で出場した。そしたらその大会で優勝してしまって、それを地元の新聞記者さんが記事にしてくれた。それを見た都城の市長が電報をくれて、「みやこんじょ大使」に任命してくれて。それから講演依頼が増えてきた。
写真:都城市長から「みやこんじょ大使」を任命された相良さん
ほ: 講演依頼が来るようになって、環境はどう変わっていきましたか?
相良さん: 旦那は多分、びっくりしてた。優勝するまで私が仮装して講演していること知らなかったから。それこそ、新聞で知ったみたい。
ほ: ええっ!?
相良さん: ただ、反対も口出しもしない人だから。でも上の娘は小学校低学年の時に私がテレビなどに出始めたら、「そういうの辞めて。学校にも来ないで」と言われた。
ほ: それ辛いですね。
相良さん: でも娘から反対されても「お母さんの人生だから」って思った。今はもう諦めてて、応援してくれてる。ちなみに下の子は逆に、私の活動を嬉しがって、シズエのメイクとかしてくれてるよ(笑)
ほ: 相良さんお話ありがとうございました!これからもコスプレ美魔女キャサリンとしての活動、期待しています!最後に今後について教えてください。
相良さん: 私は今、「第9回全国・講師オーデション(S‐1グランプリ)」という、講師の日本一を決めるオーディション大会の予選に挑戦しています。このオーディション大会を優勝し、宮崎だけじゃなく、全国にもたくさんの笑顔を届けたいと思っていますので、応援よろしくお願いします!
※相良さんの挑戦されている第9回全国・講師オーデション(S‐1グランプリ)は、一般の方からの投票数を多く獲得した上位8名が本選出場することができます。
投票期間は10月21日(日)正午まで。
※相良さんを応援したい方は、下記の第9回全国・講師オーデション予選動画をチェック!
テーマ『あなたがオンリーワンのキャラクターになる方法』
URL: https://akoshi.com/primary/?video_id=VjcPbZRIvT0